父の医療従事者としての存在が大きかった
今回は、私が「なぜ、医療従事者を目指したのか?」その理由について何回かに分けてお話をしたいと思います。
私がどんな人間でどんな考えを持って生きてきたのか、そして、私が目指す姿などお伝えできればと思います。
子供の頃に父が医療従事者と初めて理解した頃に遡ります
自己紹介のページでも少し触れていると思いますが、私が小学3年生か4年生の頃だったことを記憶しています。ちょうど運動会の時に子供が競技中に怪我をされ、保健室に運ばれた子供いました。
その時に学校側で医師などが在住していなかった事から、おそらく困っていたのでしょう。
運動会の競技中に放送がありました。そこで言われた人物が私の父だったのです。
『深江先生、深江先生、急患をみて頂きたので至急保健室まで来て下さい』と…。
本来であれば医師が放送で呼ばれるはずですが、柔道整復師である父の名前が呼ばれました。
その時に父の事を客観的に見れた瞬間でした。
子供ながらに凄い仕事をしているのだと改めて認識しました。
その現場を目の当たりにしてから…
怪我の痛みで困っている人に対して施術により力になれる仕事は、子供ながらに「凄いなぁ!」と思いましたし、骨折や脱臼などもしっかり治して元気な姿で日常生活に戻していく父の施術を通して。その時に子供ながらに医療従事者の父のような柔道整復師になろうと決心しました。
私が幼少期・学生時代の頃、接骨院へ来院している患者さんを見ると松葉杖を持った人たちが待合室に並び、沢山の怪我人が来院していました。
また、私自身が小学生の頃に学校にある遊具で遊んでいる時に手を滑らせ、星座で着地し、立ち上がりの時に「ボキ」と音が瞬間に激痛に変わり、泣きながら自転車で家まで帰り父に見てもらうと骨折の所見があり、固定と包帯で安静となり、夏休みの約2ヶ月間は父の接骨院で治療を行い、2学期始まる前までには走れるまで回復しました。
今、思うと実際に怪我をして施術を受けると治しながらリハビリをするので回復が非常に早かったのを記憶しています。
病院ではギプス固定をする為、患部に対して施術ができないので骨が修復するまで時間を要します。しかしながら、接骨院ではギプス固定時は全周を巻いても、常に観察できる環境を作る必要があるので巻いてから一度ギプスをカットする必要があります。それにより患部の電気治療などを施すことができるので骨が作りやすい環境が確保され治癒が促進されます。
現在、柔道整復師になった私も過去の施術を考えると、とても理に適った施術方法だと改めて思いました。
